着の身着のまま一人旅
製造部圧延課 ハンドルネーム 紙吹雪(30代・男性)
11年前の夏、リュックに数日分の着替えと寝袋を詰め込み、「青春18きっぷ(※1)」を買い求め、富山駅から各駅停車の列車に乗り込んだ。行き先は「北」としか決めていない。 時間の区切りのない旅だ。途中下車を繰り返しては、ふと立ち寄った商店街の一角の古本屋で、好きな作家のまだ読んだことのない本はないかと見て歩く。駅の掲示板で偶然見つけた「花火大会」を楽しんだり、ぶらりと降りた街で夏祭りを楽しんだりしながら、次第に北上して行った。 やがて青函トンネルを抜けて北海道へ。函館の食堂に入り、絶品のイクラを味わったあと、夕暮れ頃から函館山にのぼり夜景を見る。支笏湖、洞爺湖、摩周湖などもめぐり、本州では見ることのできない雄大な風景を堪能した。行き先も確かめず乗った路線バスも、思い立った場所で降り、野宿する。 尾岱沼(おだいとう)でレンタルの自転車を借りて野付半島へ。トドワラ・ナラワラ(※2)を見た帰り道、「礼文島へ行ってみよう」と思い立つ。再び鉄道で寄り道を繰り返しつつ、礼文島へのフェリーが出る稚内へ向かう途中の、ある小さな駅でのこと。 階段に座り込み、時刻表を眺めていると、一人、また一人と集まってくる。どうやら自分と同類の気まま旅の者達であるらしい。誰からともなく話が始まる。熊本の大学生、東京の高校生、スクーターで北海道をめぐる者。自転車で、今日は100km以上ペダルを踏み抜いたという剛の者もいる。一晩中話し込み、朝になればもう二度と会うこともないと思いながら、「またどこかで」と互いに言葉を交わし、それぞれの目的地へ散ってゆく。紙吹雪のように振り撒かれた旅人たちが夜に集い、夜明けとともに再び舞い上がるのだ。 言葉にならない“地球美” さて、礼文島へフェリーで渡り、バスで島を巡る。草原で子供が大の字で眠るのを眺めつつ、澄海岬へ。途中でこれまた絶品のウニを食べ、夕方のフェリーで再び稚内へ戻る。船上から見る夕陽が、海と空をオレンジ一色に染め上げる。ふと見ると乗客のほとんどが立ち上がり、同じ方向を向いている。言葉にならないそれは、ある作家が書いていた「地球美」というものの一つだったかもしれない。 十分に気まま旅を楽しんだ自分は、そこから帰路についた。が…、やはり“十分”ではなかったらしい。再び旅の虫が頭をもたげ始めたらしく、計画のない旅の“計画”を立て始めている。 ※1)青春18きっぷ=日本全国JRの、各駅停車の列車に乗り放題の切符。1枚で1日有効×5回分 11500円。年齢制限なし。乗り降り自由。 ※2)トドワラ・ナラワラ=野付半島のなかほどから先端にかけて、トドマツの森が海水に侵食され白く立ち枯れた「トドワラ」、ミズナラの森が立ち枯れた「ナラワラ」が広がり独特の景観を作っています 。(北海道HP「eco旅ナビ」から引用)