“雪中行軍”記
製鋼課 ハンドルネーム ギター決死隊(20代前半・男性)
自宅の自分の部屋に、傷だらけで、そのうえやたらトラブルが多いギターが一台あります。弾いている時に、急に音が出なくなることがあり、イライラさせられる、決して調子が良いとはいえないギターですが、なぜか5年以上、そこにいます。 わたしの高校時代は、決して勉強熱心とは言えず、冬になると「大雪で学校が休みにならないかな」とか、「早く終わらないかな」とか、そんなことばかり考えていました。そんな“願い”が通じたのか、ある日あまりの暴風雪のため、学校が早く終わることになりました。 私は高校時代からギターを弾き始め、新しいギターが欲しくて行きつけの楽器店に注文していたのですが、都合の良いことに、その日は欲しかったギターが届く日だったのです。 しかし、届くと言っても家に届くのではありません。注文した店に届くので、もちろん取りにいかなければ手にすることはできないのです。弾きたい気持ちを抑えきれず、大雪の中、取りに行こうと決心しました。 まだ高校生の私は車も使えず、自転車も大雪でまともに走れないので、約1.5キロの道程を徒歩で行くことにしました。防寒をしっかりとして臨んだものの、家を出てすぐに、あまりの吹雪でくじけそうになりました。しかし、「この機会を逃す訳にはいかない」と踏みとどまり、途中何度も転びそうになりながらも歩き続けました。晴れた日であれば歩くにもたいしたことのない距離ですが、この日は普段の何倍も遠く感じられました。やっとの思いで店に辿り着いた私を見て、店の人も「こんな吹雪の中、よく来たな」と驚いていました。 天気回復の気配も無く ギターを受け取って、さあ帰ろう、と思ったのですが、そのギターの重いことといったら。これを持ってまたあの道程を歩いて帰るのかと思うと、気が重く、少し後悔しました。天気がよくなる気配も無く雪は降り続けていて、おまけに重いギターを抱えているせいで、行きよりも辛い道のりとなりました。ひどい吹雪で傘の意味も無く、体の至る所にどんどん雪が積もっていきます。何とか無事に家に帰ることが出来ましたが、ズボンの裾は凍り付いていました。それでも大切なギターだけは必死に守り抜いた、という達成感をひしひしと感じていました。 最初は寒さで手がかじかんで思うように弾けなかったのですが、ようやく手が元に戻って、あらためて弾いてみて、愕然としました。物凄く弾きにくかったのです。そのうえ少し壊れている所もあります。店に返品しようと思ったのですが、もうあの道程を往復する気力も無く、そのままにしてしまいました。 しばらくして新しいギターも買ったので、売ろうかなと思ったこともありましたが、吹雪の中、やっとの思いで持ち帰ったギターに妙に愛着がわき、いまでも吹雪の思い出と共に私の部屋にいるのです。