青春時代の切ない再会
技術部 ハンドルネーム ふらッとニック(60代前半・男性)
おおよそ40年前。尼崎にある製鉄所に入社し、数年経過した。市バスでの通勤がすっかり日常になり、車窓からの風景も意識しなくなった頃、毎朝同じバスに乗り合わせる色白の可愛い娘が気になりだした。何気に声をかけてみると偶然にも同い年だという。それが二人の気持ちを軽くしたのか、その後1年あまり清純なお付き合いをした。 休みの日など、しばしば二人で近隣の観光地に出かけた。特に思い出深いのは、京都・嵐山の紅葉を見に行ったときのこと。桂川に架かる渡月橋の上で、真っ赤に染まるもみじを眺めながら他愛もない会話をした。会話の内容は今となっては記憶にないが、彼女が手作りのお弁当を用意してくれたことは鮮明に覚えている。 それにしても、男心とは不思議なもので、あまりに美しく可憐な女性には、触れる事さえ気が引けてしまうのだ。結局、彼女とは手もつながず仕舞いだったが、一緒にいる時間は本当に楽しかった。 だがしばらくして、彼女に縁談が持ち上がった。その当時の私にはまだ経済力もなく、彼女の幸せを考えると、身を引くことを選ばざるを得なかった。 心の準備なく偶然に その後半年くらいして、私が仲間数人と一緒に、兵庫県の北部にある神鍋山スキー場に出かけたときのこと。ゲレンデの中腹でスキー板をつけたまま休憩していたとき、私の目の前をひとりの女性が滑っていった。なにげなくその女性を目で追っていると、彼女は突然転んでしまい、どうやらそのまま起き上がれないようだった。 私は急いでその女性の側に駆けつけ、女性の身体を起こした。ふと彼女の顔を見たその瞬間、私ははっとした。彼女は、紛れもなく半年前に付き合っていたその娘だったのだ。 もちろんお互いの顔を見合わせて、私も彼女も気づいていた。しかし、心の準備もなく、久しぶりに出会って言葉が出ず、どことなく他人行儀になってしまう。とりあえず彼女を背におぶって、山の中腹あたりから20分ほどの道のりを下りた。 ゲレンデ下の休憩所に到着し、彼女を一緒に来ていたグループに引き渡した。ちょうどその時ゲレンデに流れていた、黛ジュンの「天使の誘惑」の切ない歌詞が、やけに心に染みたことを覚えている。 その後またその女性との付き合いが始まるというロマンティックな展開もなく、それっきり一度も会わず、あれから40年が経過した次第である。 尚、この事は今の家内には一切話をしていない。