読書にハマる
技術部技術課 ハンドルネーム 遊読民(20代・男性)
小説に関心をもち、意識して読み始めたのは中学生くらいのときでした。そのきっかけは後で話すとして、小学生のときに一度、小説にチャレンジしたことがあります。 当時の幼い私が「小説を読んでみよう」と思ったのは、今から思うと大人ぶってみたかった、ということかもしれません。人にもよりますが、こどもの味覚では多少抵抗がある“ブラック・コーヒー”や“わさび入りの寿司”に挑戦するのに似ています。 手にした小説には、絵もなく文字ばかりが書かれていて、それだけで拒否感が先走ってしまったようで、途中で読むのをあきらめてしまいました。小学生の私は、やはり漫画とか雑誌の方に親しみを感じていました。 「朝読書」がきっかけ ところで、中学生くらいのときに意識して小説を読み始めたのは、学級で「朝読書」という時間があったからです。「朝読書」とは、自分で読んでみようと思う本を決めて、朝礼前の15分間、読書するだけなのですが、みんなで一緒に読むことで、励みにしようというわけです。 こうした「朝読書」がきっかけとなって、小説を読みはじめたのですが、毎日の日課になったので、今度は途中で投げ出すことなく、一冊の本を通して、最後まで読むことができました。読んでいくうちに物語の続きが気になりだし、学校だけでなく、家でも小説を読むようになり、読む冊数がどんどん増えていきました。 それまでの漫画や、テレビ、アニメ、映画などと違って、小説の面白いところは、文章しか書かれていない為、状況を自分の頭の中で想像しながら読みすすむ、というところだと思います。 人物像などでも、温かい人柄、冷血漢、苦労人、楽天家など、登場人物をさまざまに思い描きながら、多様な人物像を作り出すことが出来ます。想像することは無限で、読み進むにしたがってイメージはどんどん広がり、膨らみます。たとえばホラー小説などでも、映像で見るとイメージはそれだけに限定されてしまいますが、文章を読み、シチュエーションや霊の姿を自分なりに想像することで、ドキドキ感は倍増します。 今の自分に体験できる出来事は限られている範囲ですが、小説や読書はまったく別の時代、別の世界、別の人物にもなれ、体験することが出来ます。 季節も秋の真っ只中。秋の夜長を、読書を通じていろいろな世界を体験したいと思います。